「外国人」になったドイツでの一年目

グーテンターク。

 

↓先日のライバルチームとのダービー戦、無事3-1で勝利することができました。サッカーが大好きな地元の新聞に、試合の様子が詳しく掲載されています。

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ドイツでの一年目、私は当時所属していたチームのコーチの家でホームステイをすることになりました(コーチとその奥さんと息子の三人家族)。当時はワーホリビザで滞在中だったため、労働も許可されており、チームのスポンサーであるDallmayr GmbH(コーヒーを中心にベンディングをしている会社)で働いていました。主な仕事内容は、自販機から集金されたお金を銀行へ送るためにパッキングをする作業で、他にも、自販機の修理やコーヒー豆の備品管理など、私にとってはとても有意義で充実した仕事でした。

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(↑当時働いていた計算室。右にあるのがパッキング済みの硬貨)

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(↑20歳の時、一年間働いた工場)

 

早朝6時から仕事が始まり14時には仕事を終え、夕方はチームでトレーニングという毎日だったため、語学学校に行く時間はなく、コーチ家族とはできる限り多くコミュニケーションを取ることに努めました。高専5年次にドイツ語を一年間履修していましたが、せいぜい基本単語を少し習った程度で、日常のふとした会話でさえ難しく感じていました。結果的に、この一年間のホームステイのおかげでドイツ語は幾分か上達し、この頃からドイツ人と普通に会話ができるようになりました。

 

コーチ家族は、出会ったその日から全く知らない日本人である私を優しく迎え入れてくれ、たくさんのことを経験させてくれました。私としては、突然ドイツ人の家族の中に入り、全く新しい文化と全く通じない言葉、細かい家庭内のルールなど最初は不安で眠れない日が続きましたが、コーチらの気遣いと思いやりに救われ、「外国人」である自分に徐々に慣れていきました。

 

ですが、私にとってドイツの生活や食文化に慣れるのは簡単ではありませんでした。和食を愛する日本人にとって、ドイツの質素な食文化は肌に合わず、特に彼らは野菜を採る習慣が乏しい家庭でした。隣国のフランスやイタリアと比べると、食材の種類やその豊かさで劣るドイツは、ソーセージなどの加工肉を中心とした料理が多いためバランスが偏りがちです(現にドイツはヨーロッパの中でも肥満率が高い国)。日本人が健康を維持しながらドイツで暮らすためには、自炊が必要不可欠でした。ホームステイ中はコーチの奥さんが食事を出してくれていたのですが、不足している物は自分で買い揃えていました。

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(↑ある日の食事)

 

 

多くのドイツ人に支えられながら一年目を過ごしましたが、当時のチームメイトからも多くの刺激をもらいました。縁あって最初に所属したチームは「FC Reimsbach」というチームで、このクラブでたくさんの人と出会い、様々な経験を積みました。当時から私は、ドイツサッカーに関して全く無知だったこともあり、いざ試合に入るとそのプレーの激しさや何とも言えない緊張感を体験して、初めてドイツのサッカーがどういうものかを肌で感じました。

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(↑FC Reimsbach)

 

続きは次回以降の記事で